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表現方法としての作曲

とある本を読んでいたら、自分に適した表現方法を見つけられるのは幸せだよね、という事が書いてありました。


同人創作界隈ですと、絵だったり音楽だったりプログラミングだったり……。もっと幅を広げれば、ダンスだって料理だって立派な表現方法の一手段です。
そのような数多の中から、自分に適正がある(=一番自分自身を表現できる)方法を人生の早いうちに見つけられると良いよね、と。


そこで改めて、私にとって作曲という形の表現が本当に最適なのか、と問われると即答は出来ないんですよね。
確かに自分の中の何かを作曲という形で外に出せている事は間違いではないでしょうが、そもそも私が作曲を始めたのはただ自分が心地いいと思う音の繋がりを形にしたかった、という極めて快楽的な欲求から来ているものであって、そこには何の伝達性もないはずなのです。強いて言えば、「私はこういう音楽が好き」というメッセージくらいでしょうが、そのメッセージを伝えたいだけならば何も自分で曲を作る必要はない訳で、既存の曲を紹介するだけで達成されてしまうのです。


そう考えたときに、私にとって最適な表現方法というのは何なのだろう、と改めて考えたりします。


私も自分の「内側」を表現することで他の人に伝えたいという思いはあります。しかしそれをいざやってみようという時に、作曲でそれが出来ているかと言われたらきっとそれはNOなんだろうなあ。


だから、周りを見たときに確立した表現手段を持っている人がいると、羨ましいなあ、ってちょっぴり感じたりします。本人がそれを自分にとって最適だと考えているかは別にして、ね。

2011年05月05日 日記 トラックバック:0 コメント:0

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